絶大な人気を誇る一方で、2人の間には常に「不仲説」がつきまといました。週刊誌のゴシップ記事やネットの掲示板では「楽屋で一切口を利かない」「目も合わせない」といった噂が幾度となく報じられ、ファンの間でも不安と議論が交わされてきた歴史があります。しかし、当時の関係者の証言や2人が後年に振り返った言葉を多角的に分析すると、事態は単なる個人的な嫌悪感とはまったく異なる位相にあったことが浮き彫りになります。
真相の根底にあったのは、10代後半から20代前半という多感な時期における強烈なライバル心と、エンターテインメントに対する価値観の違いです。亀梨はグループを最優先に考え、求められるパブリックイメージを徹底的に体現しようとする徹底したプロ意識を持っていました。対して赤西は、型にはまることを極度に嫌い、R&Bやヒップホップなど海外の最新音楽トレンドを貪欲に取り入れ、自身の直感に従って自由に表現することを渇望していました。
2006年秋の赤西のロサンゼルス語学留学、そして2010年7月のKAT-TUN正式脱退に至るプロセスにおいて、2人の間に激しい意見の相違が生じたことは事実です。赤西が求めたのはグローバルスタンダードな音楽制作とソロとしての活動領域の拡大であり、亀梨が背負ったのは「KAT-TUN」という巨大な看板を守り抜く責任でした。お互いが自身の美学に対して妥協を許さなかったからこそ生じた摩擦であり、プライベートで憎み合っていたわけではないという点が、この不仲説の本質的な真実です。