近藤真彦の母親は、いわゆる「ステージママ」として芸能活動に深く関わった一人だった。ただし、その関わり方は時に過干渉にも見え、近藤本人も「母は厳しかった」「芸能界に連れて行かれたのは母の影響が大きい」と語っている。
近藤が幼少期から歌やダンスの才能を示した背景には、母親の強い後押しがあった。ジャニーズ事務所入所のきっかけも、母親が応募を勧めたことが大きいとされている。近藤自身は後に「当時は半ば強制的だった」とも振り返っており、芸能人としての成功の裏には、母親の強い期待と献身的なサポートがあった。
一方で、近藤が「たのきんトリオ」として国民的人気を博した1980年代、母親は息子のマネジメント的な役割の一部を担い、公私にわたって近藤を支えた。近藤がデビューから数年間は実家で母親と同居し、多忙なスケジュールの合間に帰宅すると、母が食事を用意して待っていたというエピソードもある。
ただ、近藤が成長し、恋愛や独立の道を歩むにつれ、親子の関係には微妙な距離感が生まれた。特に1980年代後半から1990年代にかけて、近藤の私生活をめぐる報道が過熱する中で、母親がメディアの取材に応じてしまうなど、親子関係に軋轢が生じた時期もあったと伝えられている。