山そのものを神と仰ぐ「神体山」の信仰は、社殿建築という目に見える形に依存せず、大自然の雄大さと直接対話してきた日本古来のピュアな精神遺産です。大神神社をはじめとする本殿を持たない古社が今なお私たちを魅了してやまないのは、そこに文明以前の原初的な祈りの力が宿っているからに他なりません。
インバウンド観光の急拡大や入山管理ルールの見直しが進む現在、各地の聖域では「開かれた信仰」と「神聖性の保持」の間で模索が続いています。富士山での通行規制や三輪山における厳格な登拝ルールの維持は、決して参拝者の排除ではなく、数千年受け継がれてきた聖域の尊厳を次世代へ引き継ぐための必然的な防衛策です。
もしあなたが神体山を訪れるのであれば、そこがレジャーの場ではなく「神の体内」であることを心に刻んでください。靴紐を締め直し、私語を慎み、カメラを仕舞って山と向き合うとき、太古の人々が感じた圧倒的な生命の息吹と、自分を生かしてくれている大いなる自然への感謝が、静かに胸を満たすはずです。 (出典: 神体 山(Yahoo!ニュース))
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