京都の名門・同志社大学に通いながら演劇活動をスタートさせた彼女の芸能界デビューの経緯は、決して順風満帆なエリートコースではありませんでした。
学生時代は京都の大学で書道や演劇に打ち込みつつ、夜行バスで東京の養成所に通う過酷な二重生活を経験。多数のオーディションに落ち続けながらも、自主映画への出演やエキストラなどを地道にこなす長い下積み時代を過ごしました。「どんな役でも演じ切る」という不屈の精神は、この時代に培われたものです。
2024年春、長年在籍したエー・チームの休業に伴い、広末涼子(退社前)や戸田恵梨香、有村架純らを擁する名門芸能事務所「FLaMme(フラーム)」へ電撃移籍を発表。現在の事務所に移籍して以降は、映画を中心とした本格的な作品選びが際立っており、2026年現在も国際共同製作作品や骨太なヒューマンドラマへの出演が続いています。