この事件が日本の報道史に刻まれる契機となったのが、雑誌メディアによるタブー破りだった。新潮社が発行する『週刊新潮』が、逮捕された主犯格少年の実名と顔写真を掲載して発売に踏み切ったのである。雑誌側は「凶悪重大犯罪の犯行態様を鑑みれば、実名報道は公共の利害にかなう」と主張。報道ジャーナリズム業界に巨大な衝撃波が走った。
これに対し、日本弁護士連合会(日弁連)や地元弁護士会は即座に猛抗議の声明を出した。少年法第61条は、家庭裁判所の審判に付された少年や公訴を提起された少年の氏名、年齢、職業、容ぼう等、本人を推知できる報道(推知報道)を一律に禁止しているからだ。更生の機会を奪い、社会復帰を著しく阻害するというのが日弁連側の長年の論理であった。
大手新聞やテレビ局が匿名報道の原則を堅持する一方で、週刊誌が放った一石は、法と倫理の境界線をめぐる議論を決定的に激化させた。被害者の尊厳とプライバシーが容赦なく晒される一方で、加害者は厳重に守られるという「非対称性」に対する市民感情の反発は、かつてない高まりを見せた。