古来、真言宗の寺院や霊場巡礼において、この御宝号を唱え続けたことで「難病が奇跡的に寛解した」「絶体絶命の危機から九死に一生を得た」「長年の困窮から道が開けた」といった伝承が数え切れないほど記録されています。こうした南無大師遍照金剛の奇跡と真相を探ると、単なるオカルト的神秘体験にとどまらない、教義的・心理学的な明確な構造が浮かび上がってきます。
第一の理由は、空海独自の宗教思想である「入定信仰(にゅうじょうしんこう)」にあります。承和2年(835年)3月21日、空海は高野山奥之院において入定されました。真言密教の信仰において、空海は肉体の死を迎えたのではなく、現在もなお深い禅定(瞑想状態)に入ったまま、世界が平和になり生きとし生けるすべての生命が救われるその瞬間まで、祈り続けていると信じられています。朝夕の食事を奥之院の霊廟へ届ける「生身供(しょうじんぐ)」が現在も厳格に続けられている通り、お大師さまは「今も生きている存在」なのです。したがって、南無大師遍照金剛と唱える行為は、過去の故人を偲ぶ儀礼ではなく、現在進行形で救済活動を行っている至高の存在とリアルタイムで交信するホットラインを結ぶ行為に直結します。
第二に、心身医学や認知心理学の観点から見た南無大師遍照金剛の効果とご利益も見逃せません。サンスクリット語由来の響きを含む「な・む・だい・し・へん・じょう・こん・ごう」という十四音の音節を一定のリズムで反復発声することは、呼吸を自然と深く均一な腹式呼吸へと導きます。この持続的発声は、自律神経系の副交感神経を優位に切り替え、脳内のセロトニン分泌を促すことが近年の生理学的研究でも実証されています。不安に駆られた脳の偏桃体の暴走を鎮め、強烈な「今、ここ」への集中状態(マインドフルネス状態)をもたらすため、精神的パニックが解消され、冷静で的確な判断力が引き出されるのです。これが、予期せぬトラブルからの生還や運命の好転という「奇跡」の実態です。