日本人にとって諸行無常といえば、軍記物語の最高傑作『平家物語』の冒頭文が真っ先に脳裏をかすめます。まずは有名な冒頭の原文と、そのニュアンスを余すところなく汲み取った平家物語の冒頭現代語訳を確認してみましょう。
【原文】
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵におなじ。
【現代語訳】
祇園精舎の無常堂で鳴らされる鐘の音には、「あらゆるものは常に移り変わり、永遠不変のものはない」という無常の響きが含まれている。
釈迦が入滅したときに白く枯れたという娑羅双樹の花の色は、「どれほど勢い盛んな者であっても、必ずいつかは衰退する」というこの世の道理をはっきりと示している。
権勢を誇り思い上がっている者もその栄華は長くは続かず、まるで束の間の春の夜に見る夢のようである。
武勇に優れ勢い盛んな強者も最後には滅び去ってしまい、それはあたかも激しい風の前に吹き飛ばされる塵芥(ちりあくた)と同じである。
ここで多くの人が疑問を抱くのが、祇園精舎の鐘の声の意味と、それに続く諸行無常の響きありの解釈です。
祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)とは、古代インドの舎衛城(シュラーヴァスティー)に建てられた仏教寺院のことです。この寺院の敷地内には、重病の僧侶を療養させる「無常堂」と呼ばれる区画がありました。文献記録によると、その四隅にガラスの鐘が吊るされており、僧侶が臨終を迎える際、その鐘から「諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽(すべての現象は無常であり、生じては滅する法則である。その執着を滅し尽くしてこそ、真の安らぎが得られる)」という偈文(詩句)の響きが自然と鳴り渡ったと伝えられています。
つまり「諸行無常の響きあり」とは、単にゴーンと鐘が鳴ったという物理的な描写ではありません。鐘の余韻が遠ざかり次第に消え入っていくその音の波そのものが、「この世の一切の営みは留まることなく消え去っていく」という宇宙の冷徹な真理を語りかけていると、物語の語り手が直観した瞬間を描写しているのです。