人気絶頂だった38歳の黒柳さんは、すべてのレギュラー番組を休休・降板し、1年間のニューヨーク留学に踏み切りました。当時の芸能界において、多忙を極めるトップスターが地位を捨てて単身渡米することは前代未聞の決断でした。
マンハッタンでの演劇学校(メアリー・ターサイ演劇学校など)での研鑽や、ブロードウェイの舞台鑑賞、現地の一流クリエイターとの交流は、黒柳さんの美意識を決定的なものに昇華させました。黒柳さんは当時の回想手記の中で、「誰かの真似をするのではなく、自分の骨格、髪質、肌の色を最大限に生かすことが美しさの原点である」と気づかされた旨を明かしています。
世界的に有名な「玉ねぎヘア(シニヨンヘア)」の原型が生まれたのもこのNY時代です。海外のパーティーにおいて、現地の美容師に頼らずとも自分で素早く結い上げられ、かつ着物にも洋装のイブニングドレスにも調和する髪型として考案されました。ヘアデザイナーの須賀勇介氏とともに洗練させたこのスタイルは、単なる個性付けではなく、機能性と美意識が融合した究極のセルフブランディングでした。