雅子さまの快復を語る上で欠かせないのが、長女・愛子内親王殿下の存在です。誕生時の記者会見で見せた涙、そして「生まれてきてくれてありがとう」という絞り出すような母としての感謝の言葉は、今も語り継がれています。
愛子さまが初等科時代に通学への不安を抱えられた際、雅子さま自らが付き添い登校を続けられたことに対し、当時は一部から「過保護」との心無いバッシングも起きました。しかし、雅子さまは世間の雑音に惑わされることなく、一人の母親として愛子さまの心の安全基地であり続けることを最優先されました。
【プロの結論】母娘の健全な心理的バウンダリー(境界線)の確立
臨床心理学および家族社会学の観点から分析すると、雅子さまと愛子さまの関係性は「過度な共依存」に陥ることなく、適切な心理的バウンダリー(境界線)が保たれていたことがわかります。
母親が自身のキャリアや皇室内での苦悩を子どもに背負わせる(親の自己実現の道具にする)ことなく、愛子さま個人の人格と意思を徹底して尊重。その結果、愛子さまは学習院大学を卒業後、日本赤十字社への就職という自らの強い意志に基づいた進路を選択され、皇族としての公務と嘱託職員としての勤務を立派に両立されています。母が全身で子どもを守り切り、子どもが立派に自立したことで、雅子さまご自身も「母としての責任」から解放され、より自由な心で公務に集中できる好循環が生まれたのです。