ヒロイン・宮水三葉が巫女として舞を奉納し、物語の根幹となる「組紐」や「口噛み酒」の伝統が受け継がれていた宮水神社。多くのファンが「あの神社そのものがどこかに実在するのではないか」と探訪を試みてきたが、結論から言えば宮水神社という名称の神社は実在しない。新海誠監督が手がけたこの舞台は、岐阜県飛騨地方に鎮座する複数の名社からインスピレーションを受け、緻密に再構築された複合的な架空空間である。
美術設定資料および現地景観の綿密な比較によって浮かび上がる決定的なモデルは、主に以下の2社に集約される。
まず、境内へと続く幅の広い石段と両脇の杉木立の佇まい、そして劇中で三葉が妹の四葉とともに「来世は東京のイケメン男子にしてくださーい!」と絶叫したあの印象的な鳥居周辺のロケーションは、岐阜県飛騨市古川町に位置する気多若宮神社(けたわかみやじんじゃ)が有力な原風景とされている。毎年4月に斎行される「古川祭」の起し太鼓でも知られる古社であり、静謐な境内を包む凛とした空気感は、劇中の宮水神社が持つ神聖性と完全に重なり合う。
一方で、神社の象徴として登場する朱色に塗られた大きな両部鳥居の形状や周辺の構造物に関しては、同じく飛騨地方の高山市城山に鎮座する飛騨山王宮日吉神社(ひださんのうぐうひよしじんじゃ)の意匠が色濃く反映されている。春の高山祭の舞台でもある同社は、杉の巨木に囲まれた重厚な拝殿を有し、伝統工芸が息づく飛騨の歴史的意匠を画面に定着させるための決定打となった。新海監督は特定の1社をそのままトレースするのではなく、飛騨の精神的支柱である2大古社のエッセンスを昇華させ、三葉が背負う神道的な血脈を表現したといえる。