学校管理下における最大の悲劇として語り継がれるのが、宮城県の石巻市立大川小学校である。全校児童108名のうち74名、教職員10名が命を落とした。激しい揺れが収まった後、児童たちは約50分間ものあいだ校庭に留め置かれ、裏山への避難ではなく、津波の遡上地点に近い新北上大橋のたもとへ向かって移動を開始した直後、濁流に呑み込まれた。
大川小で次女を亡くした遺族の佐藤敏郎氏は、元教員としての苦悩を抱えながら「小さな命の意味を考える会」を立ち上げ、惨劇の背景にあった意思決定の不全を訴え続けてきた。なぜ目の前の裏山へ逃げなかったのか。なぜ津波警報が鳴り響く中で議論が空転したのか。マニュアルの形骸化と現場の判断停止が重なり合った結果生じた「空白の時間」は、組織防災の致命的な脆弱性を露呈させた。
この闘いは法廷へと持ち込まれ、学校事故として前例のない自治体の過失を認める最高裁判決へと結実した。寺田和弘監督による映画『生きる』大川小学校 津波裁判を闘った人たちは、司法の場で真相を追い求めた親たちの執念と、失われた子供たちの無念を克明に記録し、今なお多くの人々に衝撃を与えている。