デビュー当初から現在に至るまで、Ado顔ネットの反応は劇的な変遷を遂げています。初期のネット掲示板やSNSでは、「どんな顔をしているのか暴いてやりたい」という野次馬的好奇心や、粗探しを目的とした特定作業が目立ちました。無断転載された真偽不明の画像に対してルッキズム全開の辛辣なコメントが投げかけられることも日常茶飯事でした。
しかし、国内外のスタジアムやアリーナを満杯にし、確固たる歌唱実績を積み上げるにつれて、ファンダムの意識は大きく変化しました。現在のSNSやファンコミュニティでは、以下のような健全な自浄作用が働いています。
「ライブで素顔が見えたとしても、それを詳細に絵に描いて拡散したり、容姿を品評したりするのは野暮」「顔を隠しているからこそ、どんな感情の歌にも自分の感情を投影できる」といった意見が主流派を形成しています。消費者の意識が「顔を見たいという好奇心」から「表現の世界観を守るための共犯関係」へと成熟していった過程は、日本の音楽受容史においても極めて興味深い現象です。