熱田神宮において、草薙の剣は厳重な結界に守られた「絶対秘匿の御神体」です。神職であっても直接目にすることは固く禁じられていますが、歴史上、好奇心や職務からその封印を解いてしまった人間が存在します。その代表例が、江戸時代中期(元禄年間)に起きた神官たちによる御神体開帳事件です。
江戸中期の神道家・松岡正尚(まつおかまさなお)が著した『玉籤集(ぎょくせんしゅう)』や社家秘録によると、元禄年間に熱田神宮の社殿改築が行われた際、御神体を一時的に遷座させる必要が生じました。このとき、大宮司をはじめとする数名の神官が「神剣の真の姿を確かめたい」という誘惑に抗えず、厳重に封じられた楠の唐櫃(からひつ)を開けてしまったのです。
記録によると、木箱の中にはさらに複数の箱が重ねられ、黄金の函の中に敷き詰められた錦の袋を解くと、底知れぬ冷気と白い霧のような神気が立ち込め、その奥に異形の刀身が現れました。当時の手記に記された草薙の剣の形状記録は極めて具体的です。
- 長さ:約80cm〜84cm(2尺7寸〜8寸程度)
- 形状:菖蒲(しょうぶ)の葉のように中央が肉厚に盛り上がり、両刃の構造を持つ
- 柄と鍔:柄の先端までひと繋ぎの金属で成型され、魚の背骨のような独特の凹凸がある
- 色・質感:白銅のような鈍い光沢を放ち、錆は一切見当たらない
しかし、禁忌を犯した代償は恐ろしいものでした。開帳に立ち会った神官たちは直後から激しい高熱、吐血、全身の腫れ物といった劇症を発症し、大宮司をはじめとする関係者が次々と不審死(怪死)を遂げました。記録を書き残した松岡正尚本人のみがかろうじて一命を取り留めたものの、重い後遺症に苦しみ、「神剣の姿を決して軽々しく口にしてはならない」と血の滲むような警告を残しています。