三億円事件を契機に広く認知されたモンタージュ写真ですが、1980年代後半から1990年代にかけて警察の第一線から急速に姿を消していきました。その最大の理由は、「写真としてのリアルさが、かえって人間の記憶を破壊する」という認知心理学上の弊害が科学的に証明されたためです。
目撃者が犯人を目撃した際、人間の脳は顔を「個々のパーツの集合体」ではなく、全体のバランスや雰囲気、表情の印象(ゲシュタルト)として記憶します。しかし、実写の目・鼻・口を機械的に組み合わせたモンタージュ写真は、完成度が高ければ高いほど「実在する他人の顔」としての強いリアリティを持ってしまいます。これを見せられた目撃者は、自らの曖昧だった記憶がその写真の顔で上書きされてしまい、真犯人の本来の記憶を思い出せなくなる「記憶の固定化現象」に陥るのです。
一方、現在も各都道府県警察の鑑識課で重用されている「似顔絵捜査官」による手描き・デジタルスケッチは、あえて写実性を落とし、犯人の際立った特徴(タレ目、特徴的な輪郭、眉の角度など)をデフォルメして描きます。余白を残した表現にすることで、目撃者や一般市民が「自分の記憶と照合しやすい」という絶大なメリットが生まれます。