世間が抱く明徳義塾のイメージの最たるものが、「過酷な全寮制」という閉鎖性でしょう。高知市内から車で約1時間、横浪黒潮ラインを抜けた先にある須崎市浦ノ内の堂ノ浦キャンパス、そして竜キャンパス。周囲を海と山に囲まれたこの地で、生徒の大半が生活を共にします。インターネット上では「携帯電話禁止」「脱走者が後を絶たない」といった極端な噂が飛び交いますが、実際の現場はどうなのでしょうか。
卒業生たちの証言や学校生活の実態を調査すると、そこには現代の都市部では失われた「共同体(ゲマインシャフト)」の原風景が広がっています。朝6時台の点呼から始まり、自室の清掃、全員での朝食、授業、そして放課後の過酷な部活動。夜には義務自習の時間が設けられ、消灯時間は厳格に管理されます。外部との接触が物理的に遮断されるため、スマートフォンの持ち込みや私的なインターネット利用には現在も厳しい制限が課されています。
かつての体育会系にありがちだった理不尽な上下関係は、近年のコンプライアンス遵守の潮流とともに大幅に是正されています。しかし、自分の洗濯や身の回りの管理をすべて自力で行い、異なる地域から集まった同世代と寝食を共にする日常は、生半可な覚悟では適応できません。ある野球部OBは当時の心境をこう振り返っています。
「入寮した当初の1ヶ月は、夜になるとホームシックで涙を流す仲間が何人もいました。しかし、逃げ場のない山奥だからこそ、目の前の白球と仲間に向き合うしかなかった。コンビニも娯楽もない環境が、結果として雑念を消し去ってくれたのです」
スポーツ社会学の観点から分析すれば、この全寮制システムは社会学者のアーヴィング・ゴッフマンが提唱した「全制的施設(トータル・インスティテューション)」のポジティブな昇華形態といえます。生活の全領域が同一の権威のもとで統合されることで、生徒同士に強固な帰属意識と「同じ釜の飯を食った」という連帯感が生まれ、それが甲子園や全国大会の大舞台で土壇場の粘りとなって結実する構造です。