レース直後の生中継インタビュー。テレビカメラの前に立った谷口選手は、汗を拭いながらマイクを向けられると、誰もが予想しなかった第一声を口にしました。
「途中で、こけちゃいました」
視聴者は、無念の涙や審判・他選手への怒りの言葉を覚悟していたはずです。しかし、画面に映し出されたのは、どこか照れくさそうに笑う温和な表情でした。谷口選手は続けて「これも運ですね。精一杯走りました」と語り、他者を責める言葉は一切口にしませんでした。
なぜ極限の悔しさの中で笑顔を見せることができたのか。後年の取材で谷口選手は当時の胸の内を明かしています。怒りや悔しさがなかったわけではありません。しかし、「起きてしまったアクシデントを誰かのせいにしても、順位やタイムは戻らない」「日本で応援してくれた家族やファンに、悲愴感ではなく元気に走り切った姿を見せたい」という強いプロ意識と、他者への配慮がありました。
不運すらも自分の運命として引き受ける潔い覚悟。この並外れた精神力と器の大きさこそが、「こけちゃいました」という言葉を単なる敗戦の弁ではなく、スポーツマンシップの金字塔へと昇華させた最大の理由です。