『叫び』の中央に描かれた、髪の毛がなく性別も不詳なドクロのような人物は、一体誰をモデルにしているのでしょうか。美術史において有力視されている説は主に2つあります。
一つは、ムンクが1889年のパリ万国博覧会を訪れた際に目撃したとされるペルー・チャチャポヤス文化のミイラです。体を折り曲げ、両手で顔を覆うようにして乾燥保存されたミイラの姿は、ムンクの視覚的記憶に強烈なインパクトを残し、構図のインスピレーション源になったといわれています。
しかし、本質的な意味でのモデルは「ムンク自身の魂の投影」に他なりません。ムンクは5歳の時に母を肺結核で亡くし、14歳の時には最愛の姉ソフィーも同じ病で失いました。さらに自身も病弱で死の恐怖に怯え続け、妹のラウラは重い統合失調症を患って精神病院に入院していました。ムンクが日記に「病と狂気と死が、私の揺りかごを見守る黒い天使たちだった」と記した通り、彼の人生には常に身近な人間の死と精神崩壊の影が付きまとっていたのです。
客観的な現実をありのままに写し取るのではなく、人間の内面にある狂気、不安、孤独、恐怖といった主観的感情を極端なデフォルメと原色を用いて叩きつけるスタイルは、のちに表現主義(エクスプレッショニズム)と呼ばれる芸術運動の決定的な礎となりました。
【プロの結論】現代人のメンタルヘルスと表現主義が問いかける自己防衛
現代の心理学や社会学の視点から『叫び』を再評価すると、この絵画は「過剰な情報と外界のストレスに晒された人間の自己防衛反応」を先取りしていたことが分かります。パニック障害や急性ストレス反応において、外界の音や光が耐えがたいノイズとして脳に突き刺さる感覚は、まさにムンクが描いた「自然の叫びに耳を塞ぐ姿」そのものです。
私たちは普段、社会的な仮面(ペルソナ)を被って理性を保っていますが、ひとたび心の境界線(バウンダリー)が決壊したとき、誰もがこの絵の中の人物になり得ます。『叫び』が100年以上を経ても古びず、混迷を深める現代社会においてますます強い共感を呼ぶ理由は、人間の脆弱性と内なる恐怖を一切の装飾なしに描き切った圧倒的な誠実さにあるといえます。