なぜ日本人は、桜の季節にこの三色の団子を食べるようになったのでしょうか。その起源を辿ると、天下人・豊臣秀吉が晩年に開催した一大スペクタクル宴に突き当たります。
慶長3年(1598年)の春、秀吉は京都の醍醐寺三宝院裏山において、歴史に名高い「醍醐の花見」を催しました。秀吉はこの日のために畿内各地から約700本もの桜を移植させ、正室の北政所や側室の淀殿をはじめとする女性たち約1,300人を招待。この空前絶後の宴において、秀吉自身の趣向とアイデアによって全国から取り寄せた名物菓子とともに振る舞われたのが、三色に彩られた特別な花見団子であったと伝えられています。
それまでの花見で食されていた団子は、シンプルな白や茶色のみたらし団子が主流でした。しかし、派手好きで知られる秀吉は、宴をより華やかに演出し、招待客を視覚的にも喜ばせるために、華美な色彩を取り入れたとされています。この秀吉の演出が後の江戸時代に庶民へと波及し、春の風物詩として定着していきました。日本の伝統文化が培ってきた「和菓子による季節の表現」という美意識は、まさにこの歴史的瞬間に大きな転換点を迎えたと言えます。