観客が最も強い居心地の悪さを覚えるのは、水没という未曾有の大災害に直面しているにもかかわらず、住民たちのリアクションが異常なほど明るい点です。避難のために船を漕ぎ出す人々は、互いに笑顔で挨拶を交わし、リサの無事を喜び合い、手作りのサンドイッチを頬張ります。パニックや涙、怒りといった災害時に生じるはずの感情が完全に抜け落ちているのです。
ネット上の掲示板やSNSでは放送のたびに「この明るさが逆にサイコホラーのようで背筋が凍る」「みんな死んで成仏したから苦しみから解放されたのではないか」という声が多数投稿されます。なぜ彼らは平然と生きており、あれほど穏やかでいられるのでしょうか。
この謎を解く鍵は、宮崎駿監督のカタストロフィ(破滅)に対する独特の美意識にあります。監督は制作ドキュメンタリー『ポニョはこうして生まれた。』の中で、海に沈む光景を「悲惨な事故ではなく、純化された素晴らしいもの」として捉えようとしていました。水没は文明の終焉ではなく、海という偉大な母の胎内へ町全体が包み込まれた状態を意味します。住民たちが死んでいるからではなく、ポニョの魔法とグランマンマーレの加護によって町全体が祝福された空間へと変容したため、恐怖や飢えといった現実の苦難が無効化されていたのです。