相原勇の半生を語る上で避けて通れないのが、1990年代半ばに日本中を騒然とさせた元横綱・曙太郎さんとの婚約・破局劇です。
当時、バラエティのトップタレントと外国出身初の大横綱というビッグカップルの誕生は連日トップニュースとして扱われ、「結婚秒読み」と報じられていました。しかし1997年、事態は突如として暗転します。相原のもとに届いた一方的な別れの通告、そしてその直後に曙さんが別の女性との婚約・結婚を発表するという衝撃的な結末を迎えました。
当時のワイドショーは相原勇に殺到し、彼女の言動やリアクションを面白おかしく消費しました。後年の特番や手記で明かされたところによると、相原自身は「何が起きたのか理解できないまま、世間から好奇の目で見られ、外を歩くことすらできない状態」へと追い詰められていたといいます。角界という極めて閉鎖的で特殊な世界観、後援会や親方衆の意向、そして過熱するマスメディアの狂騒――。20代後半の女性タレントが一人で背負うにはあまりにも過酷な現実でした。
日本に居場所を失った相原が選んだのが、すべてを捨てて単身ニューヨークへ渡るという決断でした。英語を学び直し、ブロードウェイでミュージカルのレッスンを受け直す中で、彼女は「芸能人・相原勇」ではなく「一人の人間・木内恵子(本名)」としての尊厳を取り戻していきました。ハワイ移住は、傷ついた心を癒やし、自分自身の力で人生をリスタートさせるための必然の選択だったのです。