この事故で命を落とした著名人の中でも、社会に計り知れない衝撃を与えたのが、名曲『上を向いて歩こう』で世界的なスターとなった歌手の坂本九さん(当時43歳)です。
坂本九さんは、1971年に発生した「全日空機雫石衝突事故」の現場を目撃して以来、強い恐怖心から移動には日本航空ではなく徹底して全日空(ANA)を選んで利用していたことで知られていました。では、なぜあの日、あえてJAL123便に乗ることになったのでしょうか。
坂本さんは翌日に大阪で友人の選挙応援イベントに出席する予定があり、所属事務所のマネージャーが航空券の手配を担当していました。しかし、お盆のピーク時だったため希望していた全日空便のチケットがどうしても確保できず、やむを得ず確保できたのが日本航空123便だったのです。
さらに、マネージャーは同行せず坂本さん単独での移動となったため、搭乗直前まで航空会社が日航であることに気づく余地がありませんでした。普段のこだわりがたった一度だけ崩れてしまった背景には、満席続きのチケット手配という切迫した事情が存在していました。