女手一つでの子育てにおいて、彼女が貫いたのは徹底した教育環境の構築だった。名門・暁星学園から東京大学文学部社会心理学科への進学。香川照之が歩んだ学歴のエリート街道は、歌舞伎の御曹司としての後ろ盾を完全に失った母が、息子に授けた最大の武器でもあった。
香川自身、幼少期から「父の影」を意識せざるを得ない環境で育った。しかし母は、息子に対して父の悪口を決して吹き込むことはなかったという。ただひたすらに、一人の自立した人間としての教養と礼節を叩き込んだ。父への複雑な想いと母への深甚なる感謝。その二律背反の感情こそが、後に彼が俳優として発揮する凄まじいエネルギーの源泉となる。
大学卒業後、周囲の予想を裏切って飛び込んだのは、かつて父が君臨し、母が生き抜いてきた演技の世界だった。1989年の大河ドラマ出演を皮切りに、香川は名家の七光りを一切借りず、泥臭い下積みを経て自らの力だけで演技派の地位を築き上げていく。