この騒動が世間にこれほどの衝撃を与えた最大の要因は、離婚発表時との「異様なギャップ」にありました。
二人が離婚を発表した2007年11月13日、帝国ホテルで開かれた記者会見は極めて異例の形式でした。金屏風を背に、二人は笑顔で手をつなぎ合い、お互いを称え合いながら「円満離婚」を強調。「お互いがそれぞれの人生をステップアップさせるための前向きな選択」と語り、メディアも「大人のスマートな別れ方」と好意的に報じていたのです。
しかし、その裏側ではすでに修復不可能な感情の亀裂が進行していました。泰葉の手記や当時の関係者証言によると、結婚生活において小朝が主導権を握る一方、落語家一門のおかみさんとしての重責、さらには名門・海老名家(初代林家三平の一族)の看板を背負うプレッシャーが、泰葉の精神を極限まで追い詰めていました。
離婚成立後、タレント活動の再開やマネジメントを巡るすれ違いが起き、泰葉の中で蓄積していた鬱屈が「裏切り」への怒りへと反転。金屏風の前で演じられた「円満」のメッキはわずか1年足らずで剥がれ落ち、前代未聞の泥沼劇へと突き進むことになりました。