通州事件とは何か?日中戦争初期の惨劇と知られざる真相を追う

通州事件とは何か?日中戦争初期の惨劇と知られざる真相を追う

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事件の惨状は、奇跡的に生き延びた人々の肉声によって今に伝えられています。通州事件の生存者証言や当時の軍医の手記、外務省関係者の公電には、人間の理性が完全に崩壊した空間の生々しさが克明に刻まれています。

当時、近江屋旅館や自宅に隠れて生還した生存者らの証言録には、次のような壮絶な記憶が残されています。

「早朝、けたたましい銃声と怒号で目が覚めると、すでに門を破って銃剣を持った兵士たちが雪崩れ込んできた。夫は目の前で撃ち倒され、私たちは床下に潜り込んで息を殺していた。耳に入ってくるのは、助けを求める女性や子どもの悲鳴ばかりだった」

また、日本軍の救援部隊として現地に最初に入った将兵や衛生兵たちの回想録(防衛研修所戦史室の編纂資料などに残る記録)によると、発見された居留民の遺体には、銃殺だけでなく、刃物で無惨に傷つけられた痕跡や、子どもを含む痛ましい損傷が多数確認されました。この凄惨極まる光景が救援部隊の将兵に強烈な復讐心を植え付けたことは、多くの従軍日誌からも読み取れます。

一方で、記録の中には重要な「複眼的な事実」も存在します。暴徒と化した保安隊から逃れる際、長年雇用していた中国人使用人や、隣人の中国人市民によって物置や屋根裏に匿われ、間一髪で命を救われた日本人一家が複数存在したことです。これは、この事件が決して「中国民間人全体による日本人殲滅運動」だったのではなく、統制を失った武装部隊による集団ヒステリーと軍事反乱であった事実を如実に物語っています。

高橋 健太
著者

高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。