「日常で使わないのなら、最初からリットルとミリリットルだけ教えればいいではないか」という保護者の不満は、学校教育の現場にも日常的に届いている。しかし、公立小学校の現役教員や教科書編集に携わる専門家に取材を行うと、教育的配慮に満ちた明確な理由が浮き彫りになる。
最大の理由は、小学校2年生という発達段階において、子どもたちが「小数」をまだ習っていないという事実にある。小数の学習がカリキュラムに登場するのは小学校3年生以降だ。もしデシリットルを使わずに「1Lより少し少ない半端な水」を測ろうとすれば、大人なら「0.3L」や「0.8L」と小数で表記できるが、小2の児童にはその手段がない。
ではミリリットルを使えばよいかといえば、そこには「桁数」の大きな壁が立ちはだかる。小2の児童にとって、1Lが1000mLになるという「1000倍のジャンプ」は認知負荷があまりにも重い。1000までの大きな数の数え方を習い始めたばかりの段階で、「1Lの容器に水を半分入れたら500mL」という計算を直感的に処理させるのは、算数嫌いを生む典型的な要因になってしまう。
そこで教育的な「足場」として導入されるのがデシリットルなのだ。小学校2年生の算数「水のかさ」の授業では、まず透明な「1Lマス」と「1dLマス」の実物を使った実験が行われる。教員の手記や指導案には次のような記述が並ぶ。
「大きな1Lマスに、小さな1dLマスで水を汲んで1杯、2杯と移し替えていく。子どもたちは声を出して数え、『10杯でちょうどぴったり1Lになった!』と目を輝かせる。この体感が、10集まると上の位に繰り上がる10進法の本質を身体に刻み込む」(公立小学校主任教諭の指導記録より)
発達心理学の巨人ジャン・ピアジェが提唱した「具体的操作期」の理論に照らし合わせても、具体物を手で操作して「10個で1つ分」というまとまりを視覚・触覚で理解する経験は不可欠である。デシリットルは、実生活で使うためではなく、抽象的な「位取り(十進位取り記数法)」と「端数の概念」を整数の範囲で無理なく理解させるための、計算された教育用具なのである。