トルコがヨーロッパの一員になりきれない最大の象徴が、長年にわたるEU(欧州連合)加盟問題です。
トルコは1987年に前身のEC(欧州共同体)へ正式に加盟申請を行い、1999年には加盟候補国として承認されました。2005年には正式な加盟交渉がスタートし、一時は「EU初のイスラム圏加盟国が誕生する」と世界的な期待を集めました。
しかし、交渉は早々に暗礁へと乗り上げました。主な障壁となったのは以下の複合的要因です。
- キプロス問題の対立:トルコ系とギリシャ系に分断されたキプロス島を巡り、EU加盟国であるギリシャやキプロス共和国との外交対立が解消されなかったこと。
- 政治・人権基準のギャップ:死刑制度の廃止など一定の法改正は進んだものの、司法の独立や報道の自由、クルド人問題に関するEU基準(コペンハーゲン基準)を満たしていないとの批判が西欧諸国から噴出したこと。
- 人口と宗教的アイデンティティの壁:人口8,500万人を超える大国がEUに加盟した場合、欧州議会でドイツに匹敵する最大級の議席を持つことになり、キリスト教的価値観を共有する伝統的な西欧諸国(特にフランスやドイツの保守層)が強い心理的抵抗感を示したこと。
2016年のトルコ国内クーデター未遂事件以降、国内統治の強化が進んだことで欧州議会は加盟交渉の事実上の凍結を決議しました。2026年現在も交渉再開の目処は立っておらず、トルコは「永遠のEU候補国」と揶揄される膠着状態が続いています。
しかし、この停滞に対してトルコ側が卑屈になっているわけではありません。エルドアン政権以降のトルコは、EUへの一方的な片思いを脱却し、中東、アフリカ、中央アジア(テュルク系諸国機構)、さらにはBRICSや上海協力機構といった非欧米の枠組みとも積極的に関係を深める「多極的多角外交」へと舵を切りました。西側にも東側にも過度に依存しない、自律した大国としての誇りをむき出しにするのが現在のトルコの姿です。