ヴィクトリア朝時代のイギリスで隆盛を極めた花言葉の文化。当時は直接口に出せない情熱や思いを、一束の花に託して密かにやり取りするのが社交界のたしなみだった。だが、日本における植物観の発展には、また独自の深みがある。
日本の植物学の祖とされる牧野富太郎の足跡をたどると、彼が草木の一本一本に向けた眼差しがいかに真摯であったかがよくわかる。雑草という名の植物はないと断じた彼の精神は、まさに自然への「誠実」そのものだ。泥臭くフィールドワークを重ねた学者の情熱と、名もなき花に意味を見出す植物学の視点は、私たちが日常で手にする花々のストーリーとどこかで深く共鳴している。