ライブ活動の休止という衝撃的な選択の引き金となったのが、長年患ってきた両耳の難聴およびトーンデフ(音程の認識障害)です。氷室氏は2014年7月の山口県・周南市文化会館公演において、ステージ上で突然「ライブ活動からの引退意向」を口にし、列島に激震を走らせました。
当時の特番インタビューや密着ドキュメンタリーにおいて、本人は次のように生々しい葛藤を吐露しています。「右耳の聞こえが悪くなり、低音と高音のバランスが崩れ、自分の出している声のピッチ(音程)が狂っているのかどうか判断がつかなくなる」。ロックミュージシャンとして長年爆音を浴び続けた代償は、彼の繊細な音感を確実に蝕んでいました。
「60歳を迎えたときに、みっともない姿を晒したくない」「プロフェッショナルとして完璧な状態を維持できないなら、チケット代を払って観に来てくれるファンに対して失礼になる」。妥協を一切許さない美学を持っていたからこそ、自ら幕を引く決断を下しました。2016年の『LAST GIGS』では、肋骨骨折という不運に見舞われながらも全203曲から厳選された35曲を熱唱し、文字通り命を削るような伝説のパフォーマンスでライブ活動に終止符を打ちました。