Q1:津田三蔵はなぜその場で射殺されたり死刑にならなかったのですか?
A1:現場で取り押さえられた津田は現行犯逮捕され、当時の刑法に則って裁判を受けました。政府は大逆罪を適用して死刑にしようと圧力をかけましたが、大審院(最高裁)が罪刑法定主義を守り、一般人への殺人未遂にあたる「謀殺未遂罪」を適用して無期徒刑(無期懲役)としたため死刑を免れました。
Q2:皇太子を救った日本の車夫たちはその後どうなりましたか?
A2:ニコライを救った車夫の向畑治三郎と北ガ市市太郎の2人には、ロシア帝国から勲章と巨額の年金が贈られ、日本政府からも勲等と報奨金が授与されて一躍国民的英雄となりました。しかし、後の日露戦争期にはロシアから年金を受け取っていることへの偏見やバッシングに晒されるなど、数奇な運命を辿ることになりました。
Q3:児島惟謙はその後どうなったのですか?
A3:司法の独立を守った英雄として国民的称賛を浴びた児島惟謙ですが、翌1892年に起きた司法官弄牌事件(判事たちの賭博スキャンダル)の責任を問われ、政府の政治的思惑も絡んで大審院長を辞任に追い込まれました。その後は貴族院議員や衆議院議員を務め、政治の世界で活動しました。