菅氏の政治キャリアを語る上で欠かせないのが、厚生大臣時代(1996年)の薬害エイズ問題への対応です。当時、厚生省(現・厚生労働省)が存在を否定し続けていた非加熱血液製剤に関する内部調査プロジェクトを立ち上げ、隠蔽されていた「郡司ファイル」を発見・公開。国としての責任を認めて患者・被害者に直接謝罪した姿は、情報公開と行政責任のあり方を一変させた歴史的瞬間として記録されています。
また、首相退陣と引き換えにする形で2011年8月に成立させた再生可能エネルギー特別措置法(FIT法)は、日本のエネルギー構造を劇的に転換させました。太陽光発電をはじめとする自然エネルギー産業の急拡大をもたらし、脱炭素社会へ向けた法基盤を築いた功績は、与野党を問わず高く評価されています。
1996年の病原性大腸菌O157集団感染の際には、風評被害に苦しむ生産者を救うため、記者会見の場で自らカイワレダイコンを食べるパフォーマンスを敢行。一部からはポピュリズム的と揶揄されたものの、風評被害の沈静化に寄与した即効性のある政治判断として語り継がれています。