花巻東高校入学後、大谷選手は佐々木監督の慎重な育成計画のもとで着実にスケールアップを遂げていきます。1年春から公式戦に出場したものの、1年秋には骨端線損傷(成長期の骨の炎症)を発症。首脳陣は登板を厳しく制限し、打者としての出場や基礎体力作りに専念させました。この「投げられない時期」が、後にメジャーを驚愕させるスラッガーとしての打撃センスを急速に磨き上げることになります。
怪我を乗り越えた大谷選手が残した高校時代のハイライトは、今なお高校野球史の伝説として語り継がれています。
- アマチュア史上初の160km/h計測:3年夏(2012年)の岩手県大会準決勝・一関学院戦において、球場のスピードガンに「160km/h」を表示。高校生が160キロの大台を突破したのは日本の高校野球史上初の快挙でした。
- 高校通算56本塁打:長打力と広角に打ち分ける技術を兼ね備え、練習試合を含む通算本塁打は56本を記録。投手としてだけでなく、超高校級スラッガーとしてもプロ球団から極めて高い評価を受けました。
- 甲子園出場実績:2年夏(2011年)と3年春(2012年)の2度、聖地の土を踏みました。3年春の選抜1回戦では、後に阪神タイガースからメジャーへと進む大阪桐蔭・藤浪晋太郎投手と投げ合い、自ら本塁打を放つも敗戦を喫しました。
甲子園でのチーム成績そのものは2年夏が2回戦敗退、3年春が1回戦敗退、3年夏は県大会決勝で盛岡大附に敗れ全国出場を逃すなど、決して順風満帆ではありませんでした。しかし、その圧倒的なスケール感と潜在能力は、日米の全スカウトを驚嘆させるに十分な輝きを放っていました。