栄光の歴史を刻んできた名門も、一度は奈落の底を経験しました。柔道界のみならず社会全体に激震を走らせたのが、2013年に発覚した男子柔道部内の暴力事案です。上級生から下級生に対する日常的な暴力や理不尽な指導の実態が明るみに出たことで、当時の大学首脳陣および指導陣は引責辞任を余儀なくされ、全日本柔道連盟からの処分とともに部活動停止という極めて重い鉄槌が下されました。
不祥事の真相を検証すると、そこには旧態依然とした体育会系の閉鎖的ヒエラルキーが根深く横たわっていました。外部の目が届かない寮生活と道場という閉鎖空間において、「伝統」「規律」という美名のもとに理不尽な上下関係が自己目的化し、暴力が指導の手段として常態化していた構造的な欠陥があったのです。
廃部の危機すら囁かれる中、名門再建という重責を背負って立ち上がったのが、2010年世界選手権王者でありOBの穴井隆将氏でした。2014年、弱冠32歳で監督に就任した穴井氏は、就任会見で険しい表情を浮かべながら「失われた信頼を取り戻すには、これまでの慣習をすべて壊す覚悟が必要だ」と宣言。単なる競技力向上ではなく、組織文化の完全な刷新に着手しました。
穴井監督が主導した改革は徹底していました。理不尽な上下関係を撤廃し、下級生への雑用押し付けを禁止。道場と寮の風通しを良くするため、定期的な選手面談の導入や外部アドバイザーの視線を入れるオープンな体制を敷きました。何よりも「なぜその稽古をするのか」「柔道家である前に一人の自立した人間としてどうあるべきか」を選手自身に問い直させたのです。
この血の滲むような意識改革は、早くも2016年に結実します。全日本学生柔道優勝大会において、部活動停止の苦難を乗り越えた天理大学が劇的な復活優勝を果たしたのです。勝利の瞬間、畳の横で涙を堪えながら選手を抱きしめた穴井監督の姿は、暴力や恐怖による支配を脱し、対話と自主性によって再建された新時代のチームを象徴する決定的瞬間となりました。