第64代横綱・曙太郎の生涯と死因|若貴との激闘から闘病の真実

第64代横綱・曙太郎の生涯と死因|若貴との激闘から闘病の真実

第64代横綱・曙太郎の生涯と死因|若貴との激闘から闘病の真実の全体像を丁寧に掘り下げてご紹介します。

2001年の大相撲引退後、日本相撲協会に残って後進の指導にあたっていた曙でしたが、2003年11月に突如として協会を退職し、立ち技格闘技イベント「K-1」への電撃参戦を発表しました。

同年大晦日に開催された「K-1 PREMIUM 2003 Dynamite!!」におけるボブ・サップとの対戦は、日本格闘技史に残る大事件となりました。民放各局がしのぎを削る大晦日プライム帯において、TBS系列で生中継されたこの一戦は瞬間最高視聴率54.5%を叩き出し、同時間帯のNHK『紅白歌合戦』を民放が初めて視聴率で上回るという歴史的快挙を成し遂げました。

K-1および総合格闘技での戦績は1勝13敗と厳しい結果に終わりましたが、転向の背景には相撲部屋立ち上げ資金を巡る巨額の負債を清算し、家族を守るという覚悟があったと後に語られています。横綱のプライドを捨てて泥臭く立ち向かう姿は、多くの人々の胸を打ちました。

そして2005年以降、活躍の場を全日本プロレスをはじめとするプロレス界へ移したことで、曙の真価が再び開花します。相撲の基本である足腰の強さを活かしつつ、過酷な受身を一から習得。武藤敬司や諏訪魔といったトップレスラーと真正面から激突し、全日本プロレスの至宝である「3冠ヘビー級王座」を2度戴冠するなど、一流のプロレスラーとして確固たるリスペクトを勝ち取りました。

斉藤 蓮
著者

斉藤 蓮

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。