浴室の扉を押し開けた瞬間、視界一面に広がるのは圧倒的な青だ。壁面に堂々と描かれた霊峰富士。日本に数名しか残存しないペンキ絵師のひとり、中島盛夫の手による雄大な壁画が、湯気越しにそびえ立つ。刷毛の勢い、岩肌の濃淡、立ち上る雲海の立体感。どれをとっても当代随一の職人技であり、湯船に浸かりながらこれを仰ぎ見る体験は、美術館の展示室ですら味わえない贅沢といえる。
湯船の底に注ぎ込まれる湯の音と、高い格天井に反響する湯桶の快音。中島盛夫のペンキ絵を眺めていると、日常の些末な悩みなど小さな水泡のように消えていく。タイル一枚の継ぎ目から湯船の縁の曲線に至るまで、視覚と聴覚の双方が計算され尽くした空間美学がそこにある。