祖師ヶ谷大蔵がウルトラマンの街となった最大の理由は、まさにこの地が円谷プロダクション発祥の地だからに他なりません。時計の針を昭和の初頭へと巻き戻すと、隣接する世田谷区砧には東宝砧撮影所(現在の東宝スタジオ)が開設され、日本映画界の特撮技術を牽引する一大拠点となっていました。
当時、東宝の特殊技術課長として数々の名作映画を手掛けた円谷英二氏は、撮影所にほど近い祖師谷の地に自宅兼研究所を構えました。そして1963年4月、テレビという新時代のメディアに特撮技術を持ち込むべく立ち上げられたのが「株式会社円谷特技プロダクション」です。創業当初の本社兼スタジオは英二氏の自宅敷地内に置かれ、ここから『ウルトラQ』や『ウルトラマン』、『ウルトラセブン』といった、日本のテレビ史を塗り替える傑作群の企画が次々と生み出されていきました。
当時の関係者の証言や手記によると、祖師谷の旧本社周辺では、怪獣の着ぐるみやミニチュアセットを軽トラックに積み込み、砧撮影所との間をスタッフが慌ただしく行き来する光景が日常茶飯事だったと語られています。商店街の文具店で画材を調達し、近隣の食堂でスタッフが深夜までシナリオ作りの議論を交わすなど、街そのものが制作現場のバックヤードとして機能していました。祖師谷という空間は、単なるロケ地を超えて「巨大ヒーローの血肉を育んだ母胎」そのものだったのです。