猫の輸血医療が犬や人間よりも遥かにシビアとされる最大の理由は、「自然抗体(同種抗体)」の存在にあります。
人間や犬の場合、過去に輸血を受けた経験がなければ、初回の不適合輸血で即座に激烈な溶血発作を起こすリスクは比較的抑えられます。しかし、猫は輸血歴が一切なくても、生まれつき体内に自分と異なる血液型に対する強力な抗体を備えています。
わずか1mlで心肺停止に至る「B型猫へのA型輸血」
特に危険なのが、B型の猫に対してA型の血液を輸血してしまうケースです。B型の猫は、生後数週齢から極めて力価(抗体の濃度・攻撃力)の高い強力な「抗A抗体」を血液中に保有しています。
この状態でA型の赤血球が体内に入ると、瞬時に激しい抗原抗体反応が発生します。血管内で赤血球が一斉に破壊される「急性血管内溶血」が起き、アナフィラキシー様ショック、急性腎不全、低血圧、呼吸困難、痙攣を引き起こし、わずか数ミリリットルの輸血であっても数分から数時間以内に心肺停止へと追い込まれます。事前の交差適合試験(クロスマッチテスト)および血液型判定を怠った不適合輸血は、治療ではなく直接的な死因となるのです。
ブリーダーや出産現場を脅かす「新生子溶血」の罠
血液型の不適合は、成猫の輸血時だけでなく、生まれたばかりの新生児の命も直撃します。これが獣医学で「新生子同種赤血球融解症(新生子溶血 / Fading Kitten Syndrome)」と呼ばれる致死性の現象です。
発生する条件は明確で、「B型の母猫」が「A型(またはAB型)の父猫」と交配し、A型(またはAB型)の子猫を出産した場合に起こります。生まれたての子猫は、生後16〜24時間以内に母乳(初乳)から免疫グロブリンを吸収します。しかし、B型母猫の初乳には凝集力の極めて高い「抗A抗体」が大量に含まれています。
母乳を飲んだ子猫は、腸管から吸収された母猫の抗体によって自らの赤血球を破壊され、以下のような経過をたどります。
- 生後数時間から数日で急激な貧血と黄疸を発症する
- 赤褐色の尿(ヘモグロビン尿)を排出し、体温が低下する
- しっぽの先端や耳介の壊死、授乳停止を経て衰弱死に至る
防ぐ唯一の手立ては、交配前に両親の血液型を正確に把握しておくことです。万が一この組み合わせで出産した場合は、生後24時間が経過して子猫の腸管が抗体を通さなくなるまで、初乳を一切飲ませずに人工授精用ミルクで育てる徹底管理が求められます。