福岡を本拠地とし、セメント、医療、教育、情報など多角的な事業を手がける麻生グループ。その巨大な企業体と自由民主党を結ぶパイプ役として、実質的な精神的支柱となってきたのが彼女の存在だ。
選挙区である福岡8区での地元回りは、夫が東京で公務に追われる間、彼女の重要な役割だった。地元の後援会幹部は語る。「派手な演説はなさらない。しかし、一人ひとりの顔と名前を覚え、小さな声を丁寧にすくい上げる。その姿勢が地元の強固な支持基盤を固めた」。麻生内閣の発足当時も、地元と永田町を繋ぐ架け橋として静かな信頼を集めていた。