山口果林のキャリアを語る上で、作家・劇作家である安部公房の存在を避けて通ることはできない。1973年、安部が自らの演劇実験場として創設した「安部公房スタジオ」に、彼女は中心メンバーとして参加する。
当時の彼女はすでに国民的知名度を誇るスターだった。テレビの仕事を大幅に制限し、渋谷の雑居ビル地下にあった稽古場へ籠もる日々。無機質なコンクリートに囲まれ、徹底的な身体訓練と発声の解体を繰り返す空間で、彼女は安部の思想を具現化する「至高のミューズ」へと変貌を遂げていく。『愛の眼鏡は色ガラス』や『棒になった男』などの海外公演。ニューヨークやパリの観客を驚嘆させた前衛的な身体表現は、既存の新劇やテレビドラマの枠組みを根底から覆すものだった。