動物病院の診察室において、獣医師が一年を通じて最も多く対応する疾患の一つが、垂れ耳犬の外耳炎です。大手ペット保険会社の支払実績データを参照すると、全請求理由の第1位を「皮膚疾患」と「耳の病気」が毎年独占しており、とりわけアメリカンコッカースパニエルやゴールデンレトリバーでは、生涯で一度も耳治療を受けない個体の方が稀であると臨床獣医師は口を揃えます。
インターネット上の愛犬コミュニティやSNS上には、終わりなき耳トラブルに疲弊する飼い主の切実な声が溢れています。
「治ったと思って点耳薬をやめると、2週間後にはまた頭を激しく振り始める。通院はすでに3年目、治療費は累計で30万円を超えた」(4歳のアメリカンコッカー飼い主)
「シャンプーの翌日から耳の中が真っ赤に腫れ上がり、独特の酸っぱい臭いが部屋に充満した。愛犬が後ろ足で耳を掻きむしり、悲鳴を上げる姿を見るのが一番辛い」(2歳のミニチュアダックス飼い主)
取材に応じた都内の獣医皮膚科認定医は、現場の課題を次のように指摘します。「垂れ耳犬の飼い主様は非常に愛情深く、愛犬の耳を心配するあまり、自己流の間違ったケアで病状を劇的に悪化させて駆け込んでくるケースが後を絶ちません。耳垢が出ているからと市販のアルコールシートで中を擦ったり、綿棒を奥まで差し込んで耳道の粘膜を剥離させてしまうのです。外耳炎は単なる汚れではなく、耳道内の微生物生態系(マイクロバイオーム)の崩壊によって起きる複合的な炎症疾患です」。
家族として犬を過剰に擬人化し、「人間と同じように毎日綿棒で耳垢を取ってあげなければ不潔だ」と思い込む心理的傾向が、皮肉にも愛犬の耳のバリア機能を不可逆的に破壊する引き金となっています。