日本人の言語空間には、カタカナ語として深く浸透しながらも、原義から大きく乖離してしまった「home」の派生語が多数存在します。その代表格が「マイホーム」と「アットホーム」です。
まず、my home 和製英語 真相を掘り下げると、高度経済成長期における日本の住宅政策とメディア戦略の歴史に突き当たります。1960年代から70年代にかけ、団地から郊外の一戸建てや分譲マンションの購入を促す不動産広告のキャッチコピーとして「マイホーム主義」という造語が大量に投下されました。その結果、日本語の「マイホーム」は「多額の住宅ローンを組んで手に入れた持ち家・マイ一戸建て」という資産的・社会的な記号を帯びるに至ったのです。
しかし英語の「my home」は、賃貸ワンルームであろうがシェアハウスの一角であろうが、自分が愛着を持って暮らしている空間ならすべて「my home」です。「I finally bought my home!」と言えば通じますが、ネイティブは通常「I bought a house / apartment!」と客観的な取得財産を述べるのが一般的です。
さらに深刻な誤解を招きやすいのが、アットホーム 和製英語 理由です。日本では「アットホームな職場」「アットホームな居酒屋」のように「家庭的で温かく、気兼ねのない雰囲気」を形容する便利な形容詞として定着しています。ところが英語の「at home」は本来「前置詞+名詞」の熟語であり、「Make yourself at home.(どうぞくつろいでください)」のように副詞的に機能します。
「This office is very at-home.」などと直訳しても英語圏では文法的な破綻とみなされるか、「まるで私物化された職場なのか?」と困惑されます。加えて2026年現在の日本の労働市場では、「アットホームな環境=公私の境界線が曖昧でサービス残業が常態化している」という負の連想すら生んでおり、文化的な変容を把握しておく必要があります。