運命の歯車が大きく動き出したのは、大学を卒業された年の夏、1957年(昭和32年)8月のことでした。避暑地として名高い長野県・軽井沢で開催されたテニストーナメントにおいて、当時皇太子であられた上皇さまと美智子さまは混合ダブルスの試合で対戦されます。これが歴史に名高い美智子さまとテニスコートの出会いです。
白熱したラリーの末、美智子さまのペアが勝利を収めましたが、上皇さまはその粘り強くフェアなプレーぶりと、爽やかな笑顔に深く心を奪われました。その後、カメラを通じて写真を交換されたり、テニスや電話を通じて静かに愛を育まれた上皇ご夫妻の若い頃のエピソードは、従来の皇室の慣例を打ち破る純愛として日本中に新鮮な感動を与えました。
民間から皇室へ嫁ぐことへの重圧や周囲の反対に葛藤された時期もありましたが、上皇さまの「誠意をもって、お守りします」という揺るぎないお言葉が、美智子さまの決意を後押ししたと伝えられています。