「新しい防潮堤が完成し、海が見えなくなったとき、本当に街は守られたのかもしれないが、海と共に生きてきた故郷が遠くへ行ってしまったような寂しさも覚えた」
岩手県沿岸部の水産加工会社を営む60代男性は、地元紙のインタビューで複雑な胸中をそう明かしている。整備された巨大なインフラは確かに安全をもたらした。しかし、かつての賑わいを取り戻したとは言い難い。真新しい高台移転地には売れ残った保留地が点在し、避難先で新たな生活基盤を築いた若者や子育て世代の多くは、故郷に戻る決断をしなかった。
福島県の浜通り地域では、避難指示解除が進み、新たな研究開発拠点や産業誘致による復興特区が稼働している。SNS上では「福島はすでに安全」「復興は完了した」という肯定的なメッセージが発信される一方で、地元住民のコミュニティサイトや掲示板では「帰還したものの近隣の家は解体され更地ばかり」「高齢者同士の見守り体制が限界を迎えている」という孤立の訴えも根強く見受けられる。
被災地の現在を捉える上で不可避なのは、「ハードの完成」と「暮らしの再生」の間に生じた時間的・感情的な乖離だ。故郷の風景が一変した喪失感、いわゆる「アンビバレントな喪失(曖昧な喪失)」を抱えながら、被災者一人ひとりが15年という月日を手探りで歩み続けている。