給油機のタッチパネル横に鎮座するパッドに触れず、そのまま給油作業へ移った場合、何が起きるのか。結論から言えば、「目に見えない気化ガソリンに人体からの放電スパークが着火し、給油口から炎が噴出する」という最悪の事態を招きます。これは決して脅しや稀有な不運ではなく、高校物理と化学の法則に則った必然の物理現象です。
ガソリンという物質は、私たちが想像する以上に極めて気化しやすい性質を持っています。その引火点はマイナス40℃以下。真冬の氷点下の環境であっても、液体ガソリンの表面からは絶えず爆発性の蒸気が立ち上っています。車が走ってきた直後の燃料タンク内部は暖められ、給油キャップを開けた瞬間、圧力によって濃厚な気化ガソリンが一気に大気中へと噴き出します。
この気化ガソリンが空気と混ざり合い、引火可能となる濃度範囲(爆燃限界)はわずか1.4%〜7.6%です。そして、この混合気体に火を点けるために必要なエネルギー(最小着火エネルギー)は、驚くべきことに約0.2mJ(ミリジュール)に過ぎません。これに対して、冬場にドアノブで「パチッ」と感じる人体の静電気放電エネルギーは、軽微なものでも数mJ、強い痛みを感じるレベルであれば10〜30mJに達します。つまり、人間が日常的に帯びている静電気は、気化ガソリンを爆発させるために必要なエネルギーの数十倍から数百倍に達している計算になります。
シートに触れずに燃料キャップに手を伸ばし、鍵穴や金属フック、あるいは給油ノズルを差し込もうとした瞬間、指先と金属の間で目に見えないほどの小さな火花が飛びます。その刹那、給油口の隙間から漏れ出したガスに引火し、ボッと音を立てて炎が燃え広がります。総務省消防庁が公開している給油所火災の監視カメラ映像でも、キャップを回した直後に作業者の手元が炎に包まれ、驚いてノズルを放り出し燃料を撒き散らしてしまう凄惨なシーンが記録されています。