森友の復活に続き、バンドに突きつけられたもう一つの過酷な試練が、ベース上野博文の病気とくも膜下出血でした。2015年3月、上野は自宅で激しい頭痛を訴えて倒れ、緊急搬送されます。
診断結果は重度のくも膜下出血。医療現場において、発症者の約3分の1が命を落とし、さらに3分の1に重い後遺症が残るとされる病気です。当時の担当医からは「生存率は20%未満、たとえ一命を取り留めても自力歩行や会話は困難かもしれない」という極めて厳しい見立てが下されました。開頭手術を終え、集中治療室で意識不明の昏睡状態が続く上野の枕元に、森友嵐士、五味孝氏、青木和義の3人は連日駆けつけました。
病室でメンバーが続けたのは、上野の耳元にT-BOLANのヒット曲を流し続け、その手を握りしめて「おい上野、帰ってこい」「また4人で音を出すぞ」と語りかけることでした。音楽関係者の証言によると、ある日、バンドの楽曲が流れた瞬間に上野の指先がわずかに反応し、ビートを刻むような動きを見せたといいます。そこから奇跡的な意識回復を遂げた上野は、言語や身体動作のリハビリテーションに不屈の闘志で挑みました。
2017年の本格的なバンド再始動ライブのアンコールにおいて、上野が杖をつきながらステージに姿を現し、ベースを手にして森友と肩を並べた瞬間、客席は涙の渦に包まれました。医学的な常識を覆したこの生還劇は、メンバー間の絆の深さを証明する象徴的な出来事として語り継がれています。