土俵を去った力士が短期間で急激に細くなる現象に対して、世間では「重い病気を患ったのではないか」という憶測が飛び交いがちです。しかし、実際の現場を取材すると、その大半は極めて合理的かつ意図的な身体変化であることが分かります。力士が引退後に激痩せする理由の根底には、相撲取りという職業が持つ特異な肉体維持プロセスが存在します。
大前提として、力士は「自然に太っている」のではなく、「血のにじむような努力によって太り続けている」という事実を知る必要があります。入門直後の新弟子時代、多くの若手は過酷な稽古以上に「限界を超えて食べること」に苦しみます。相撲部屋の伝統である1日2回の大食と直後の昼寝は、あえてインスリンを急分泌させ、極限まで栄養を体に蓄積させるための肉体改造プログラムです。つまり、彼らにとって巨大な体重は、過酷な稽古と食事ノルマによって人為的に維持されていた「仕事着」に過ぎません。
土俵を降りて髷(まげ)を切り、現役生活にピリオドを打った瞬間、この「無理に太る義務」が完全に消滅します。相撲取りが引退後に痩せるメカニズムの核心は、大相撲力士の基礎代謝と筋肉量変化にあります。幕内力士の体組成を測定したスポーツ医科学の研究データによれば、体重150キロを超える力士であっても、除脂肪体重(筋肉や骨の重さ)は一般成人男性の2倍近くに達するケースが珍しくありません。
筋肉は存在するだけで莫大なカロリーを消費します。成人男性の平均基礎代謝が約1,500〜1,700キロカロリーであるのに対し、現役力士の基礎代謝は3,000キロカロリー前後に達することも日常茶飯事です。そのため、引退して食事の量を「一般的な大人の適正量」に戻すだけで、体積を保つための燃料が決定的に不足し、体に蓄えられていた膨大な皮下脂肪や内臓脂肪が驚異的なスピードで燃焼していきます。運動量が減ったとしても、並外れた筋肉量が巨大なエンジンのようにエネルギーを消費し続けるため、短期間での激痩せが自然発生します。