石原一族の歴史を語る上で欠かせないのが、兄弟の父親である石原潔(きよし)氏と母親の光子(みつこ)氏の存在です。石原家のルーツは愛媛県八幡浜市(旧・喜多郡)にさかのぼります。潔氏は実業家・山下亀三郎氏が創業した名門「山下汽船(現・商船三井ドライバルク)」に叩き上げで入社し、やがて東京本社重役(関連会社・山下近海汽船専務など)にまで上り詰めた立志伝中の人物でした。
父の転勤に伴い、一家は兵庫県神戸市須磨区、北海道小樽市、神奈川県逗子市へと居を移しました。自然豊かで開放的な逗子の地で育まれた感性と、海運業で培われた父の豪胆な気質が、後の石原慎太郎氏の文学的才能や海洋への情熱、そして石原裕次郎氏の規格外のスケール感を持つスター性の土台となったのです。
父・潔氏が1951年に51歳の若さで急逝した後、慎太郎氏は一橋大学在学中に『太陽の季節』で第34回芥川賞を受賞。弟の裕次郎氏も映画界に鮮烈なデビューを果たし、瞬く間に「石原兄弟」の名は日本中に轟くこととなりました。