ドリフターズにまつわる最大の都市伝説であり、バラエティ番組でも長年ネタにされてきたのが「ギャラ配分の不公平さ」です。「いかりや長介が全体の7割を取り、残りの3割を4人(のちに5人)で等分していた」という話は、加藤茶や志村けん自身もテレビ番組で笑い話として語ったことで広く知れ渡りました。
しかし、興行史や契約の実態を検証すると、この配分比率には全く異なる側面が存在します。この仕組みは、いかりや個人の私利私欲ではなく、昭和のジャズ・バンド界に根付いていた「バンドマスター制」という契約形態に由来していたのです。
ドリフターズは元来コミックバンドであり、所属事務所(渡辺プロダクション、のちにイザワオフィス)との契約は「グループ単位」ではなく、「バンドマスターであるいかりや長介個人」が代表して結んでいました。つまり、以下のような構造的責任をいかりやが一身に背負っていたのです。
- 全経費の自己負担:ネタ作りに要する会議室代、作家への謝礼、衣装・小道具の特注費、付き人の給与や食費はすべてリーダーの取り分から支出。
- 無限責任と赤字リスク:万が一公演が中止になったり損害賠償が発生したりした場合、すべての法的・経済的リスクをいかりや個人が担保。
- 税金の前払い・管理:個人事業主としての法人税・所得税の重圧を一手に引き受ける義務。
当時、加藤茶や仲本工事らメンバーは「固定給+歩合給」という実質的な給与所得者に近い安全な立場に置かれていました。いかりやは手記の中で、「メンバーには飯が食えなくなるリスクを負わせない代わりに、自分は全責任と経費を背負った。手元に残る純利益で言えば、世間が言うような大差はなかった」と述懐しています。
その後、グループの活動が個人活動(加藤・志村のコンビ番組など)へシフトしていく過程で、事務所の契約形態も個別の歩合制へと移行しました。晩年のメンバーたちの発言を丹念に追えば、この配分論争は「コントのネタに昇華されたプロの掛け合い」であり、怨恨による確執ではなかったことが明確に裏付けられています。