ネット上の掲示板や知恵袋などで散見されるのが、「初心者のうちからギアに頼ると、握力や体幹が弱くなってしまうのではないか」という懸念だ。現場を熟知したバイオメカニクスの視点から断言すれば、これは完全に誤った思い込みである。
人間の前腕屈筋群(握力)の筋体積と、広背筋や大臀筋の筋体積には何十倍もの開きがある。デッドリフトで背中やハムストリングスを筋肥大させるために必要な過負荷を、小さな前腕の筋力だけで支え続けることは構造上不可能だ。握力を鍛えたいのであれば、前腕専用の種目(リストカールやピンチグリップ)を個別に行えば済む話であり、大筋群の成長機会を前腕の疲労で犠牲にするのは本末転倒と言わざるを得ない。
また、「トレーニングベルトを常に巻いているとインナーマッスル(腹横筋など)が衰える」という俗説も、筋電図検査の先行研究によって覆されている。ベルトに対して強く腹圧を押し返す動作そのものが強烈な腹腔内圧の上昇を伴うため、むしろベルトを着用した方が腹筋群の筋活動量が高まるケースすら報告されている。道具を正しく使うことは「手抜き」ではなく、解剖学的な弱点を補い、トレーニング効率を極限まで高める合理的アプローチなのだ。