なぜ加藤茶は、あれほどの美貌とモテ要素を持ちながら、二枚目俳優としての道を選ばず、自ら進んで「ハゲヅラとちょびヒゲ」を装着したのでしょうか。ここには昭和のメディア変遷と、大衆演芸における高度な心理的戦略が存在します。
メディア社会学の観点から見れば、1960年代後半のお茶の間テレビ黎明期において、「美形すぎるルックス」はコメディアンにとって時として大衆との心理的バウンダリー(境界線)を生む障害になり得ました。視聴者が気兼ねなく笑い、子どもたちが親近感を抱くためには、自らのステータスを徹底的に引き下げる「脱・特権化」が必要不可欠だったのです。
リーダーのいかりや長介の卓越したプロデュース戦略もあり、加藤茶は自らの端正な顔立ちを「ギャグの落差」として逆利用しました。二枚目が恥を捨てて全力でボケるからこそ、視聴者は爆笑し、親しみやすさを感じたのです。自らの容姿に固執せず、表現者として「笑い」に殉じたプロフェッショナリズムこそが、彼を単なる一過性のアイドルドラマーで終わらせず、半世紀以上にわたって愛される国民的エンターテイナーへと昇華させた決定的な理由です。