ネット上の解説やフィクション作品で最も広く信じられている誤解が、「手裏剣は遠距離から標的の急所を射抜いて即死させる暗殺武器だった」という神話です。しかし、法医学および古武術の物理検証において、手裏剣の投擲だけで人間を即死させることは実質的に不可能に近いというのが定説となっています。
人間の頭蓋骨や胸骨は非常に硬く、手投げによる時速50〜70キロメートル程度の運動エネルギーを持った80グラムの鉄片では、骨を貫通して脳や心臓に達することはできません。唯一、首の頸動脈や眼球にピンポイントで直撃した場合のみ致命傷となり得ますが、暗闇の中で動く標的の数センチメートルの部位を、回転する平手裏剣で正確に射抜くのは曲芸の領域です。
では、実際の忍者はなぜ命がけの現場に手裏剣を携行したのでしょうか。1676年に編纂された忍術秘伝書の集大成『万川集海(ばんせんしゅうかい)』や、甲賀伴党21代目宗家・川上仁一氏が当時の特番インタビューや自著・手記で語った『忍術の本質は戦って勝つことではなく、情報を持ち帰り生き延びることにある。手裏剣は命を奪うものではなく、己の命を繋ぐ時間稼ぎの道具である』という生の告白が、この歴史の真相を端的に物語っています。
忍者が敵に発見されて逃走する際、背後から迫る追手に向かって八方手裏剣や六方手裏剣を投げつけます。このとき、手裏剣の表面をあえて鏡面のように磨いておいたり、逆に黒錆をつけておいたりすることで、月明かりの下で「キラリ」と不気味な光を反射させます。人間の視覚反射として、顔面に向かって光る金属片が飛んでくれば、どれほど熟練した武士であっても無意識に首をすくめ、足を止めて防御姿勢をとります。この「わずか1.5秒から2.0秒の思考停止と足止め」こそが、忍者が煙玉(目潰し)を使い、闇へと姿を消すために必要な決定的なリードタイムだったのです。